母性

「母として持つ性質。また、母たるもの。」
引用・参考文献:『広辞苑第六版』(2008)岩波書店



「子どもが育っていく基盤、人格の基礎として人格の安定を支えるもの。また、これらを可能にするのに必要な関与する大人の側の特性、雰囲気、行動。
 通常、人生の最早期においては、母親ないし母親代理者を通して、子どもに伝えられる。母子の相互作用において母親が適度の感受性で反応しうことにより、子どもの中に、自分はこの世界に受け容れられている、自分は存在していいのだ、という基本的信頼感が形成される。それ以後の成長の過程においても、子どもの自我発達を適度に支え、励ますものとして母性はきわめて重要である。(以下省略)」



「母性の原理は「包含する」機能によって示される。それはすべてのものを良きにつけ悪しきにつけ包み込んでしまい、そこではすべてものもが絶対的な平等性をもつ。「わが子であるかぎり」すべて平等に可愛いのであり、それは子供の個性や能力とは関係のないことである。
 しかしながら、母親は子供が勝手に母の膝下を離れることを許さない。それは子供の危険を守るためでもあるし、母―子一体という根本原理の破壊を許さぬためといってもよい。このようなとき、時に動物の母親が実際にすることであるが、母は子供を呑みこんでしまうのである。かくて、母性原理はその肯定的な面においては、生み育てるものであり、否定的には、呑みこみ、しがみつきして、死に到らしめる面をもっている。
(中略)
これに対して、父性原理は「切断する」機能にその特性を示す。それはすべてのものを切断し分割する。主体と客体、善と悪、上と下などに分類し、母性がすべての子供を平等に扱うのに対して、子供を能力や個性に応じて分類する。極端な表現をすれば、母性が「わが子はすべてよい子」という標語によって、すべての子供を育てようとするのに対して、父性は「よい子だけがわが子」という規範によって、子供を鍛えようとするのである。
 父性原理はこのようにして強いものをつくりあげてゆく建設的な面と、また逆に切断の力が強すぎて破壊に至る面と、両面をそなえている。」



「本来、母性、そして対になる父性は心理学の言葉です。子どもとの接し方、距離のとり方の特徴の呼び方であって、性別とはなんら関係はありません。」



「父親は、子どもが悪いことや社会的に許されないことをした時には、叱責したり注意したり、いわゆるしつけをすることが期待される。これに対して母親は、子どもの自我が脅かされたときなど、時には抱擁したり、時には慰めるなどする。この父性と母性の機能は、心理学的-とくにユング心理学など-には、父性の“切る”機能に対して、母性は“優しく包み込む”機能とされている。
 もちろん、母性的な働きが強い父親もいれば、父性的な働きが強い母親もいる。もともとひとりの人の中に、アニマをアニムス、つまり男性性と女性性は共存しているものであり、父親にも母親にも父性と母性の両方が内在している。」



「子どもの世話をする、子どもを慈しむという意味での母性は、本能ではありません。社会的な状況や個人の感情などによって、実は多様なものなのです。」

「子どもにとって重要なのは、現実のやりとりをくり返すうちに感じられる愛情や信頼感です。それは、母親しか与えられないものではありません。子どもに対して愛情を注いていくこと、そうするうちに育まれていく『育児性』が大事なのです。」



「母性という議論を深くもってゆくと、男性もそれをになっていることになるわけです。ぼくみたいな仕事をしている者で、母性がなかったら、これはできないですね。」
※著者は心理療法家(心理カウンセラー)。



「近年、母親に母性があるという考えは父権社会のイデオロギーが作り出した幻想であることが主張され、またアメリカでは平等保護条項違反として早くから母親優先の原則は否定されている。」
引用・参考文献:山口亮子(2005)『監護者基準としてのフレンドリー・ペアレント・ルール』民商法雑誌 132(4・5), 652-656



「明治後期から大正中期にかけて、女学校出の専業主婦によって育児記録が書かれ出版されるようになります。鳩山春子『わが子の教育』(1919)もそのひとつですが、彼女は「数人の凡人を産むよりは、一人の善良なるものを産む」ための女性の役割の大きさを強調し、高等教育をうけた女性が家庭に入って育児に専念することを求めます。こうした彼女が、日常的にしつけに当たる母親は厳しく、接する時間の少ない父親は優しくという「慈父厳母」論を主張しているのは大変興味深いことです。江戸と近代では、父性と母性の関係が逆転していました。」



「確かに、妊娠・分娩・哺乳は女性にしかできません。でも子どもを愛すること、育むことは男性にもできます。「母性」や「父性」という言い方では、育児に対する女性の役割、男性の役割といった狭いところにその特性を画一的に押しやってしまう危険性があります。私は、かねてより「母性」「父性」に変わって「育児性」と呼ぶことを提唱しています。男女の別にとらわれずに、親は無論ですが、地域の方も含めてみんなで子どもを見守り育む。それが育児のあるべき姿だと考えています。」



「1つの興味深い研究がある。子どもの養育において主たる責任を負う父親(一次的養育者である父親)と母親の補助的役割である父親(二次的養育者である父親)、それに一次的養育者である母親の3種の親たちが、4カ月児との遊び場面でどのような行動をみせるのかの観察調査である。調査の結果、一次的養育者である父親の行動は母親に近づくことが明らかになった。
(中略)
この研究は(中略)父親と母親の行動の違いは生物学的な性別のみに帰することは適切ではなく、父親も子どもと関わる経験を積むことによって母親と同じような行動をとるようになることを示した点で画期的であった。」



「〈一次的養育者〉の父親は,出産と母乳以外の育児・家事は父親が全てできるという自信をもった.乳幼児の子育ては楽しいことばかりではなく,父親に(母親にも)苦難を与える.しかしそれを経験した分,その後に子どもへの慈しみが湧いてくる.第 2 子で育児休業を取得した父親は,育児休業を取得しなかった第 1 子のときとの違いを感じていた.この父親は語りのなかで「男性/父親にも母性があると」と述べていた.ここでいう「母性」とは,父親や母親という性にかかわらずもてる「親性」であり,さらに親ではなくても養育をするものすべてにかかわる「養護性」という概念に通じる.」

ほんとうの母性というのは、かりに子どもが殺人罪を犯そうとも、徹底的に守ろうとします。それに対し、「いくらおれの子であろうと、悪いことをしたら必ず放りだすからな」というのが父性です。



カウンセラーは母性と父性の両方がないといけません。これらは、もともと男女ともにもっているものですから、違う名前をつけてもよいと思うのですが、いままでの言い方で言うと母性と父性です。女の人は、自分の父性というものを相当磨いていかなければならないし、男の人も自分の母性というものを磨いていかなければならない。

カウンセラーは母性と父性の両方をもつことができるように自分を訓練していくことが大事です。

カウンセリングとか心理療法というのは、まず受けいれることからはじまります。最初にクライエントを受けいれて、その中でその人がどう変わっていくかということですから、父性と母性という言い方をすると、母性的なものがまず全面に出ます。

カンセラーは母性と父性の両方の役割をそなえていないとできません。カウンセリングとか心理療法というのは、まず受けいれることからはじまります。最初にクライエントを受けいれて、その中でその人がどう変わっていくかということですから、父性と母性という言い方をすると、母性的なものがまず全面に出ます。

  • 最終更新:2013-10-05 12:34:33

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード